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湯川余話第八回
三高生の時の英語の物理教科書
お住まいシリーズ6

佐藤文隆(さとう ふみたか)

京都大学名誉教授

 「お住まいシリーズ」は前回までで秀樹さんが、今の府立文化芸術会館のあたりの「東桜町の家」から荒神橋を渡って府立一中と三高に通った時代まできました。ここは小川家が比較的長く住んだところだが、その間にも変動があった。借家の所有者が変わったことと、近くの河原町通りが拡幅されて市電が通ったことである。新しい所有者は自分が母家に住むためではなく不動産として買ったようだ。市電が通ってこの辺りの土地の用途も変わったので、借家人である小川家は退去を求められたのだと想像される。そのため、東桜町の家から急に引っ越ししなければならなくなり、場所も時期もはっきりしないが、小川家はニ、三ヶ所も転居したようである。この連載の第二回「お住まい遍歴」に[不明]と書いた時期のことである。はっきりしないが、大学生の時期の途中で東桜町の家を離れ、二、三軒変わり、卒業して大学に残って研究者の道に入った頃は相国寺の東側にある塔ノ段毘沙門町の家から通っていたようです。少なくとも、三高の全期間は東桜町の家から通っていました。

 

 秀樹さんは三高の時期に物理学への道に進路を定めたようです。物理の二年生のときは授業でアメリカの英語の教科書が使われました。今でいうと高校三年生の年令ですが、ずいぶん国際化した授業だった様です。秀樹さんはこの教科書の章末の演習問題を次々と解いていきました。「最初のころ、私が演習問題を解くのに熱心だったのは、それが物理学であったからだけではなく、自分の能力を測って見たい気持も、手伝っていたかもしれない。一題が解けると、すぐ次の問題と向かい合う。それは困難な事態にぶつかる者だけに与えられる、不思議な快感を味わわせた」(『旅人』)。本人にはこういう充実感でやっていたのだが、それを知って、定期試験の前になると、同級生たちが次々と解き方を聞きにくる。すると世話好きな男が、希望者を教室に集めて、一度に講義することになったという。聴くものが二、三十人もおるという盛況でした。

 

 この本はDuffという人が編集したA Text-Book of Physicsという、当時、アメリカの理工系の教育史上でも定評のあった教科書のようで、秀樹さんの所持していたものは第5版であることからそれが窺えます。現在も翻刻版が発行されています。有名な物理学者の書いた著作とかではなく、学習用の参考書です。秀樹さんは研究者になってからも手元に置いていたようで、よほど愛着があったものと思われます。現在、秀樹さんが勉強したこの本は京都大学附属図書館の稀覯本としてネットで公開されています。初めの力学から熱学までの300ページ余りには多くの書き込みがあり勉強の跡が窺えます。秀樹さんの本の裏表紙の見返しの遊びには、添付の写真のように、横書きの本なのに縦書きで大きく小川秀樹と書かれています。

Duff 編「A Text-Book of Physics」のへの署名

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